嘘月居処
「はい、このぐらいですかね、先生が使えそうなのありますか?」
そういって、香霖堂の主人は何冊かの書物を積み上げた。
すべて、現世の世界では”亡くなった書物”たちがここに入荷されてくる。
だから、珠に取り置きしてもらった本を見に来る。
ここの主人は気心が知れた仲、私の趣味や嗜好を理解してくれているので、
取り置きを貰いに来ることは私の密かな愉しみなのだ。
「ありがとう、ああ、夏目金之助の本もあるのね、こっちならあると思ったわ」
「”漱石”はまだ入荷しないと思うんですけどね、先生が教材で使いたがっていた金子みすずの詩集はまた人気が出たみたいなのでこっちに来てないのですよ」
「ええ、それは里の人が街に出た時に頼んで買ってきてもらうわ。んー本当は、そろそろ・・足穂とかあればと思ったのだけど、これで十分、ありがとうね」
そういって、店の外に出ると些かの間に霧雨になっていた。
でも、半月の朧月がうっすらと空に有る。
それを見ると、身体の血が少し疼く。
「ああ、暗くなってしまいましたね。霧雨が降っているのに今日は月が見える・・、
今夜も竹藪は騒がしいですね・・お気をつけて。」
「ええ、ほんと・・また今度。」
「はい、いい”忘却”されたのが入りましたら・・」
霧に交じった雨は体を冷やす。
あの人はまた果ての無い戦いをしている。
不毛だ。ほんとうに。
わたしは、貰ってきた本が濡れないように、袂に隠した。
すると、雨が止まった・・・わけでもなく、傘が私の頭上に差されたのだ
「よ」
白い長い髪の毛、赤い瞳。
「妹紅…?」
「え?雨降ってきたし・・・、傘持って行ってなかったし・・ええっと・・ごめん」
「・・・なんで謝るの?」
「だって、・・・なんとなく・・・風邪ひいたらさ…」
「ばかねえ、謝ることなんかないじゃないの・・・ありがとう、助かりました」
そういって、歩きだした。
「今夜は・・”お姫様”は?」
「え?ああ。」
すこし、間をおいて、私の顔をちらっと盗み見るようにみた。
「雨降っているからな・・慧音が濡れたらさ」
「くすくす・・・そればっかり・・大丈夫よ、こう見えても私は妖怪なの。
妹紅のように永遠の魂はないけれども、多少の雨なんか気持ちよく過ごせるものなの」
「でも・・・慧音が濡れたら嫌だ・・」
そこはどうしても曳けない処らしい。妹紅らしいといえば、そうなのだ。
「でも」
私は袂に置いた、仕入れたばかりの本があることを思い出す。
「でも、古い本が濡れるとすぐ駄目になってしまうから・・・助かるわ」
そういうと、紅妹が嬉しさで破顔した。
「いいんだってば・・あのね、けーねに、またあの話してほしいんだ、えーっと狐が人間子供産んだ話と狐が手袋買う話とか鳩の話とか」
私は傘の淵からそっと、雲の切れ切れからうっすらと見える朧月を睨んだ。
―――あのひとはきっと私達を見ている。
憎らしい、苦々しい、睨んだ竹藪の中で、霧雨に打たれて。
視(し)っているから、連れて行こう。
貴方は嘘月――-。
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「教えてよ、永琳」
濡れ鼠だ・・・そう、思った。
みっともない、気品のかけらもない。
だから。自覚のない恋は嫌いだ。
「どうしたのですか、びしょぬれじゃないですか、戦ってぼろぼろのほうが箔がつくというものですよ」
いまにも壊れそうな、みっともない顔はいつもの高貴がすべて整った顔とは違う。
これが、輝夜姫か・・・・。
「わ・・・・わからない・・・わたし、なんであの藤原が・・・憎いの?でも・・・」
「/******」言葉では発音できない、月の呪いを言う。
かくん
まるで、糸が切れた具偶のようにソレが崩れ落ちる。
その音に気がついた、兔が駆けつけてきた。
「わ。師匠、姫様がっ」
「レイセン、寝床へやって頂戴」
「え?でも・・・・」
「しばらく、目を覚まさないわ」
あのときだって、そうだった。
帝を欺いて、月に追放された姫。
追放した術師は姫が恋焦がれていた男・・・・
そして、その男にそっくりな娘・・・・。
「因果応報・・・いい言葉」
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